レムコ・エヴェネプールはなぜ「ひかない相手」に怒るのか――過去の発言から見る勝負観とチーム内摩擦
2026年ツール・ド・フランス第6ステージで、レムコ・エヴェネプールとフロリアン・リポヴィッツの間に緊張が生まれた。
レムコはゴールへ向かう7人の追走グループの中で、同じレッドブル・ボーラ・ハンスグローエのダブルエースであるリポヴィッツに、約1kmのリードアウトを求めた。
しかし、リポヴィッツは応じなかった。
レース後、レムコは「リードアウトを頼んだが、してもらえなかった」「怒っていたし、怒るのは当然だった」という趣旨で、リポヴィッツへの不満をメディアの前で露わにした。さらに、以前は自分がリポヴィッツのために働いたことも引き合いに出し、この問題をチーム内で話し合う必要があると語った。
チーム内で意見が食い違うこと自体は珍しくない。
特に総合順位を争うダブルエース同士であれば、どちらが脚を使い、どちらが温存するのかをめぐって利害が一致しない場面もある。
通常であれば、こうした問題はレース後のミーティングで話し合い、外部には「チーム内で確認する」とだけ説明することが多い。
しかし、レムコは自分の感情や不満を隠さない。
レース直後の興奮が残る状態で自分の見方を率直に語り、レース中の小さな行き違いを大きな論争へ発展させることがある。
こうした「レムコ劇場」は、今回が初めてではない。
この記事のポイント
- レムコは過去にも、他選手の走りやチーム戦術への不満を公言してきた
- 発言の内容より、チーム内で整理する前にメディアへ話すことが問題になりやすい
- 後から誤解を認めて謝罪した事例もある
- 今回はいったん沈静化しているが、ダブルエース間の利害の違いは残っている
レムコが巻き起こした主な論争
レムコがレース後に他選手やチーム戦術への不満を示し、論争になった主な事例を整理すると、次のようになる。
| 年・レース | 相手 | レムコの発言・不満 | その後 |
|---|---|---|---|
| 2021年世界選手権 | ワウト・ファンアールト、ベルギー代表 | 自分にも世界王者になる脚があったと公言 | 代表内から反発が起こり、関係修復に時間を要した |
| 2024年パリ〜ニース | ティム・デクレルク | 意図的に進路を妨害した可能性を示唆 | 後に誤解を認めて謝罪 |
| 2024年ツール | ヨナス・ヴィンゲゴー | 追走に協力しなかったことを消極的だと批判 | ヴィンゲゴーは「賢く走った」と反論 |
| 2026年ツール | フロリアン・リポヴィッツ | 約1kmのリードアウトに応じなかったと批判 | チーム側は話し合いが行われたとして沈静化を強調 |
表だけでは状況が分かりにくいため、特に代表的な事例を簡単に振り返る。
世界選手権では代表内の問題を外へ出した
2021年のロード世界選手権で、地元ベルギー代表はワウト・ファンアールトを第一エースに設定した。
レムコは序盤から攻撃に入り、最終的にはファンアールトを支える役割を担った。しかし、ベルギーはメダルを獲得できなかった。
レース後、レムコはテレビ番組で、自分にも世界王者になれるだけの脚があったという趣旨の発言をした。
これに対し、ファンアールト側は、レムコも事前にチーム戦術へ同意していたと反論した。
さらに、レムコがレース後の代表ミーティングに出席しなかった一方で、テレビでは自分の考えを語ったことも問題視された。
ファンアールトはその後もレムコと十分に話し合えていないと明かしており、関係修復には時間がかかった。
この一件で大きな問題になったのは、レムコが戦術に疑問を持ったことではない。
代表内部で整理する前に、自分の見方を先に外へ出したことである。
デクレルクを批判したが、後に謝罪した
2024年パリ〜ニースのチームタイムトライアルでは、レムコ所属のスーダル・クイックステップが前を走っていたリドル・トレックの選手を追い抜く場面があった。
その際、元チームメイトでリドル・トレック所属のティム・デクレルクがスーダル勢の進路に入る形となった。
レムコはレース後、デクレルクが技術的なコーナーで進路を空けなかったことを強く批判した。故意だった可能性まで示唆し、「元チームメイトであっても、あのようなことはしない」という趣旨で不満を語った。
しかし、その後に映像や事情を確認すると、レムコは自分の発言を修正した。
デクレルクを責める意図はなく、レース中に起きた不運な出来事だったとして、公に謝罪している。
この事例は、レムコの発言パターンをよく示している。
レース直後に相手の行動を問題視し、事情が十分に分からない段階で強い言葉を使う。そして、冷静になった後で発言を修正する。
今回のリポヴィッツへの批判も、同じようにレース直後の感情が強く表れた発言だった。
ヴィンゲゴーには「勝負する勇気がない」と不満
2024年ツール・ド・フランスのグラベルステージでは、レムコ、タデイ・ポガチャル、ヨナス・ヴィンゲゴーという総合優勝候補3人が、後続から抜け出す場面があった。
レムコから見れば、3人で協力すれば、後方の総合ライバルに大きなタイム差をつけられる状況だった。
しかし、ヴィンゲゴーは積極的に先頭を牽かなかった。
レムコはレース後、レースをするためには時に「度胸」が必要であり、その日はヴィンゲゴーにそれがなかったのかもしれないという趣旨で批判した。
これに対し、ヴィンゲゴーは「度胸がなかったのではなく、賢く走った」と反論した。
ヴィンゲゴーから見れば、自分が先頭を牽くことは、最大のライバルであるポガチャルと、総合順位を争うレムコを同時に助けることになる。
チームメイトが後方に残っている状況で、2人のライバルを引いて走る必要はなかった。
レムコには「3人で協力すれば全員が得をする」と見えていた。
一方のヴィンゲゴーには「2人のライバルを助けないほうが得」に見えていたのである。
どちらにも、それぞれの合理性があった。
今回のリポヴィッツにも別の事情があった
今回、レムコがリポヴィッツに求めたのは、ゴール前の約1kmのリードアウトだった。
レムコは3位に入ればボーナスタイムを獲得できる可能性があり、前を走っていたヴィンゲゴーとの差も縮めたかった。
しかし、リポヴィッツも総合順位を狙うダブルエースだった。
第6ステージ終了時点で、リポヴィッツはレムコからわずか30秒差にいた。1kmを強く牽けば、自分だけ脚を使い切り、その後に数秒から数十秒遅れる可能性もあった。
レムコには、リポヴィッツに牽いてもらう明確な利益があった。
一方のリポヴィッツには、自分の総合順位を犠牲にするリスクがあった。
レムコが「チームとして協力すべき場面」と考えた一方で、リポヴィッツは「自分の順位を守るべき場面」と判断した可能性がある。
それ自体は、ダブルエース同士であれば起こり得る戦術上の違いである。
問題は、その違いをレムコがレース直後にメディアの前へ持ち出したことだった。
繰り返されるレムコのパターン
これまでの事例には、一定の共通点がある。
レムコはレース中に、自分なりの「勝つための最善策」を見つける。
そして、その展開に必要であれば、チームメイトだけでなくライバルにも協力を求める。
しかし、相手が自分の順位やチーム戦術を優先して協力しなければ、それを消極的な走りや協力不足として受け取る。
さらに、レース直後の感情が残る状態で、自分の不満を率直にメディアへ語る。
勝負の機会を見つける
↓
相手にも協力を求める
↓
相手は別の利益を優先する
↓
レムコは非協力的だと感じる
↓
レース後に不満を公言する
レムコの考えが常に間違っているわけではない。
積極的にレースを動かそうとする姿勢は、レムコの大きな魅力でもある。レースを守るのではなく、勝つための可能性を探し続けるからこそ、遠距離からの攻撃や独走勝利を生み出せる。
ただし、相手には相手の合理性がある。
レムコに協力することが、相手にとっても最善とは限らない。
その違いを受け入れられず、事情を確認する前に自分の見方を外へ出すと、戦術上の違いが人間関係の対立へ変わってしまう。
レムコの考えが常に間違っているわけではない。
積極的にレースを動かそうとする姿勢は、レムコの大きな魅力でもある。
ただし、相手には相手の合理性がある。その違いをチーム内で整理する前にメディアで語ってしまうことで、本来は戦術上の食い違いだった問題が、人間関係の対立として受け止められてしまう。
過去の論争にも共通しているのは、この点である。
今回はいったん沈静化した
レース翌日、レッドブルのチーム代表ラルフ・デンクは、レムコとリポヴィッツがすでに話し合ったと説明した。
デンクによれば、2人は夕食でも一緒に座っており、外部で報じられているほど深刻な対立ではないという。
チーム側は、今回の出来事が「実際以上に大きく扱われている」として、沈静化を図っている。
現時点で、両者が決裂したと見る根拠はない。
ただし、2人が一度話し合ったことと、ダブルエース間の根本的な利害が一致したことは別の話である。
レムコもリポヴィッツも総合表彰台を狙っている。
今後、山岳ステージやタイムトライアルを経て両者の順位が接近していれば、どちらが脚を使い、どちらを守るのかという問題は再び起こる。
レッドブルには、UAEチーム・エミレーツXRGのポガチャルや、ヴィスマ・リースアバイクのヴィンゲゴーのような、誰もが納得する絶対的なツールのエースがいない。
レムコは世界最高クラスのタイムトライアル能力を持つ一方、リポヴィッツは長い山岳で高い能力を示している。
どちらも、もう一方の単純なアシストとして扱うには実力が高すぎる。
今後も「レムコ劇場」は続くのか
今回の問題は、ひとまずチーム内の話し合いによって沈静化した。
しかし、レムコが自分への協力を当然のように求め、それに応じなかった相手への不満を今後も公にすれば、同じ論争は繰り返されるだろう。
レムコは自分の感情を隠さない。
その率直さは、レースを面白くする要素でもある。選手が何を考え、何に腹を立てたのかが分かるため、ファンにとっては興味深い。
一方で、チーム内部の信頼関係という点では、大きなリスクにもなる。
今回の「レムコ劇場」は、一度きりの騒動ではない。
過去にも似た発言と論争が繰り返されてきた。
話し合いによって表面上は収まっても、レムコとリポヴィッツがダブルエースであり続ける限り、根本的な利害の違いは残る。
ポガチャルやヴィンゲゴーと戦う前に、同じチームの2人が精神的に消耗する。
それだけは、レッドブルが最も避けなければならない展開である。


