2026年ツール第8ステージで逃げたリアム・スロックとは何者か? 転びながら初勝利をつかんだ25歳
スイスで行われたワンデーレース「GPギッピンゲン」で先頭に立ったリアム・スロックは、勝利を確信して両手を上げた直後、横風にあおられて転倒。背中から滑り込みながら、それでも最初にフィニッシュラインを越えた。
これが、スロックにとってプロ初勝利だった。
派手すぎる転倒フィニッシュによって名前を知られるようになったが、勝利そのものは偶然ではない。終盤にはリチャル・カラパスとアレクサンドル・ウラソフの動きを自ら追い、最後は残り約500mから抜け出している。
その約1か月後、スロックはツール・ド・フランス第8ステージで長時間の逃げを見せた。
最後はスプリンターチームの追走に捕まったものの、ツール初出場の25歳は世界最大のレースを先頭で走り続けた。
転倒しながらプロ初勝利をつかみ、少年時代から憧れていたツールでは逃げに入ったリアム・スロックとは、どのような選手なのだろうか。
この記事のポイント
- ✓ 父もアマチュアレーサーだった自転車一家
✓ 幼少期からクラシックとツールを観戦
✓ U23時代から逃げと丘陵レースで活躍
✓ GPギッピンゲンで転倒しながらプロ初勝利
✓ 188cmの大型オールラウンダー
プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | リアム・スロック |
| 英語表記 | Liam Slock |
| 生年月日 | 2000年9月18日 |
| 年齢 | 25歳 |
| 国籍 | ベルギー |
| 出生地 | ゲント |
| 出身地 | 東フランデレン州ゼーフェネーケン |
| 身長 | 188cm |
| 体重 | 74kg |
| 所属 | ロット・アンテルマルシェ |
| プロ転向 | 2023年 |
| 主な勝利 | 2026年GPギッピンゲン |
| 選手タイプ | 丘陵と長い逃げを得意とする大型オールラウンダー |
スロックは身長188cm、体重74kgの大型選手である。
純粋なクライマーではないが、短い登りを含むコースにも対応できる。平坦を長く走る力と、消耗戦で残る能力を併せ持つ選手だ。
父とレースを見て育った少年時代
スロックはベルギーのゲントで生まれ、東フランデレン州ロフリスティにあるゼーフェネーケンで育った。
父親のエリックはアマチュアの自転車選手だった。その影響で、スロックにとって自転車競技は幼い頃から身近な存在だった。
8歳頃には父と頻繁にレース観戦へ出かけていたという。
ロンド・ファン・フラーンデレンやパリ〜ルーベなど、ベルギーと北フランスを代表するクラシックも見に行った。一時期はロケレンのクラブでサッカーを約半年経験したが、最終的には自転車競技を選んだ。
家族でツール・ド・フランスを数日間追いかけたこともあった。
特に記憶に残っているのが、2016年ツール第12ステージである。
本来はモン・ヴァントゥー山頂にフィニッシュする予定だったが、強風によってコースが短縮された。トーマス・デヘントが勝利し、クリス・フルームが事故で自転車を失い、フィニッシュ方向へ走り出したことで知られるステージだ。
当時、沿道でツールを見ていた少年が、10年後には選手としてその舞台に立つことになる。
逃げと丘陵で評価を上げた育成時代
スロックは2017年からVan Moer Logistics Cycling Teamで走り、ジュニア最終年の2018年にはフランスのツール・ド・ルール・ジュニアで総合優勝した。
若い頃から圧倒的な勝利数を誇るスターではなかった。
ただし、起伏のあるステージレースや山岳賞争いでは結果を残していた。現在につながる特徴は、この頃から見え始めていた。
2019年にU23カテゴリーへ進み、GM Recycling Teamに加入。2021年にはロット・スーダルU23へステップアップした。
U23時代には、丘陵レースでの独走勝利や山岳賞を記録した。2022年にはシルキュイ・デ・アルデンヌで総合9位と山岳賞、トリプティック・アルデネで総合2位に入っている。
レース名だけを見るとクライマーのようにも見える。
しかし、スロックは山岳で総合を争うタイプではない。逃げに入り、登りを含む厳しいコースでも長く前に残ることで結果を積み上げていた。
集団内で待つよりも、自ら前へ出てレースを動かす。
その走り方は、U23時代から一貫している。
ライム病を経てプロへ
プロ昇格が近づいていた2022年夏、スロックはライム病を発症した。
体調を崩し、シーズン後半のレース活動に影響が出た。好成績を重ねていた時期だけに、順調に見えたキャリアは一度止まりかけた。
それでも、それまでの走りが評価され、2023年にロットのトップチームへ昇格した。
プロ入り後は、主に逃げやアシストとして起用された。
2023年にはオリンピアズ・ツアーで総合2位。2024年にはラ・ポリノルマンドで4位、ツアー・オブ・イスタンブールで総合6位に入った。
パリ〜ルーベでは逃げに入り、20位で完走している。
石畳、長距離、消耗戦。いずれもスロックの持久力と大型選手らしいパワーが生きる条件だった。
ただし、プロ入り後すぐに勝利を挙げることはできなかった。
逃げで目立つことはあっても、最後に勝ち切るまでには時間がかかった。
2026年に始まった飛躍
プロ4年目の2026年、スロックは明確に成績を伸ばした。
キャトル・ジュール・ド・ダンケルクでは総合5位。ツール・ド・スイスでも総合19位に入り、短期ステージレースで安定して順位をまとめた。
単なる逃げ要員ではなく、自ら結果を残せる選手へ変わり始めていた。
その流れの中で迎えたのが、6月のGPギッピンゲンだった。
転びながらつかんだプロ初勝利
レース終盤、ウラソフとカラパスが前へ出た。
スロックは有力選手2人の動きを見て、自ら追走を開始した。大きな力を使いながら前に追いつくと、合流後はすぐにアタックせず、勝負どころを待った。
最後の上りに入り、残り約500mでスロックが加速した。
ウラソフとカラパスは反応できない。スロックは単独でフィニッシュへ向かった。
後続との差は十分に開いていた。
プロ初勝利を確信したスロックは、フィニッシュ手前で両手を上げた。しかし、強い横風にあおられてバランスを崩した。
自転車は倒れ、スロックは背中から路面を滑った。
それでも、フィニッシュラインはすでに目前だった。転倒したまま最初にラインを越え、プロ初勝利が決まった。
映像だけを見ると、珍しい転倒フィニッシュに目を奪われる。
しかし、勝利そのものは偶然ではない。
カラパスとウラソフのアタックを自ら追い、追いついた後は脚を温存し、最後は力で引き離した。
待っていたのではなく、自ら勝負を作ってつかんだ勝利だった。
チームの公式Xアカウントも、転倒しながらフィニッシュしたスロックをネタにした動画を投稿した。それほど印象に残るプロ初勝利だった。
リアム・スロックはどのような選手なのか
長い逃げを苦にしない
スロックの最大の特徴は、長時間前を走り続けられることだ。
U23時代から山岳賞や逃げで結果を残し、プロ入り後もクラシックやグランツールで積極的に前へ出ている。
2026年ツール第8ステージの逃げも、突然の行動ではない。スロックがこれまで続けてきた走り方の延長線上にある。
丘陵をこなせる大型オールラウンダー
188cmの体格を持つが、平坦だけの選手ではない。
短い登りが繰り返されるコースや、選手が徐々に減っていく消耗戦にも対応できる。
GPギッピンゲン、ラ・ポリノルマンド、パリ〜ルーベなどの成績からも、平坦から丘陵、悪路まで幅広く走れることが分かる。
少人数になれば自分で勝負できる
大集団スプリントを争う選手ではない。
一方で、厳しい展開で人数が絞られれば、アタックとスプリントの両方で勝機を作れる。
2026年のダンケルクでは複数ステージで一桁順位に入り、GPギッピンゲンでは最後の上りから抜け出した。
逃げるだけの選手ではなく、条件がそろえば自ら勝ち切れる選手である。
少年時代に見たツールを先頭で走った
父とロンド・ファン・フラーンデレンやパリ〜ルーベを見に行き、家族でツールを追いかけた少年は、2026年に初めてツール・ド・フランスへ出場した。
第8ステージでは逃げに入り、長時間にわたってレースの先頭を走った。
最後はスプリンターチームの追走に捕まった。それでも、沿道から見ていたツールを、今度は自ら先頭で走った。
GPギッピンゲンでの初勝利も、ツール第8ステージの逃げも、スロックは集団の中で待ってはいなかった。
自ら動き、前を追い、レースを作る。
それがリアム・スロックという選手である。
経歴年表
| 年月日 | 主な出来事 |
|---|---|
| 2000年9月18日 | ベルギー・ゲントで生まれる |
| 2017年 | Van Moer Logistics Cycling Teamに加入 |
| 2018年 | ツール・ド・ルール・ジュニア総合優勝 |
| 2019年 | U23カテゴリーへ進む |
| 2021年 | ロット・スーダルU23に加入 |
| 2022年 | 丘陵レースで総合上位と山岳賞を記録 |
| 2022年夏 | ライム病を発症 |
| 2023年 | ロットでプロ転向 |
| 2024年4月7日 | パリ〜ルーベ20位 |
| 2025年 | ブエルタでグランツール初出場 |
| 2026年6月14日 | GPギッピンゲンでプロ初勝利 |
| 2026年7月11日 | ツール第8ステージで長時間逃げる |

