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MIPSはなぜ325万ドルを払ったのか ヘルメット安全技術をめぐる特許訴訟の意味

MIPSはなぜ325万ドルを払ったのか ヘルメット安全技術をめぐる特許訴訟の意味
Daifuku(ダイフク)

ヘルメット安全技術のMIPSが、特許侵害訴訟を325万ドル(日本円で約5億円)で和解した。

米自転車業界紙BRAINによれば、MIPSはヘルメット技術会社ブレインガードテクノロジーズ(BrainGuard Technologies)に対し、325万ドル(日本円で約5億円)を支払う。訴訟は、Bell、Giro、Fox Racingなどのブランドを含むRevelyst側を相手に起こされていたものだ。

一見すると、「MIPSが特許侵害で負けた」という話に見えるかもしれない。

しかし、実際には少し違う。今回の件は、MIPSが侵害を認めたというより、ヘルメットの安全技術が成熟し、そこに特許訴訟リスクが表面化した事例と見るべきだ。

この記事のポイント

・ブレインガードは、Bell、Giro、FoxのMIPS搭載ヘルメットが自社特許を侵害していると主張した
・MIPS側は、ブレインガードの特許は無効だと反論していた
・MIPSは325万ドル(日本円で約5億円)を支払って訴訟を終わらせた
・MIPSは責任、不正、特許侵害を認めたわけではない
・ロード用ヘルメットでは、MIPSまたは同種の回転衝撃対策が広く普及している
・今回の訴訟は、ヘルメット安全技術が「知財ビジネス」でもあることを示している

どんな訴訟だったのか

今回の訴訟は、ヘルメットの見た目やブランド名をめぐる争いではない。

争点になったのは、ヘルメット内部の安全技術である。

ブレインガードは、Bell、Giro、FoxのMIPS搭載ヘルメットが、自社の特許を侵害していると主張した。対象は、自転車、モータースポーツ、スノースポーツ向けのヘルメットだった。

訴えられたのは、Vista OutdoorおよびRevelyst Sales LLCである。Vista OutdoorはかつてBell、Giro、Fox Racingなどを含むRevelyst事業を持っていた。その後、RevelystはStrategic Value Partnersに売却されている。

一方、MIPSは最初から直接の被告だったわけではない。

しかし、問題になったヘルメットにはMIPS技術が搭載されていた。RevelystはMIPSの顧客である。そのため、MIPSは顧客を支援する形で訴訟に関与した。

つまり構図としては、こうだ。

ブレインガードが訴えたのはBell、Giro、Fox側。
しかし、問題の中心にあったのはMIPS搭載ヘルメット。
そのため、MIPSが最終的に和解金を支払うことになった。

ブレインガードとは何者か

ブレインガードは、カリフォルニア州エルセリートに拠点を置くヘルメット安全技術会社である。

MIPSと同じく、頭部に加わる回転方向の衝撃を減らす技術を扱っている。自社サイトでは、米国特許13件、海外特許6件を保有すると説明している。

ただし、MIPSとは規模が大きく違う。

MIPSはスウェーデン発の上場企業であり、2025年の売上は5.33億スウェーデンクローナ(日本円で約80億円)。調整後営業利益は1.60億スウェーデンクローナ(約24億円)。従業員数も2025年末時点で124人いる。

一方、ブレインガードは非上場で、売上や従業員数は公開されていない。大規模に市販ヘルメットへ採用されている情報も目立たない。

MIPSは、商業化に成功した安全技術ブランド。
ブレインガードは、同じ技術領域で特許を持つ小規模な研究開発・知財会社。

このように見ると分かりやすい。

MIPSはいつからこの技術をやっていたのか

MIPSの歴史は古い。

1995年、スウェーデンの脳外科医ハンス・フォン・ホルストが、従来のヘルメットでは斜め方向の衝撃や回転衝撃への対策が不十分だと考え、KTH王立工科大学と研究を始めた。

1996年には、後のMIPSにつながる基本コンセプトを発表。2000年にはMIPS搭載ヘルメットのプロトタイプをテストし、2001年には最初の科学論文を発表した。

商業化という意味では、2004〜2007年にMIPS搭載の乗馬用ヘルメットがスウェーデン市場で発売されている。その後、2008〜2009年に外部顧客との契約が始まり、2010年には自社ヘルメットではなく、他社ヘルメットに技術を入れる「ingredient brand」モデルへ転換した。

いわば、「インテル入ってる」のヘルメット版である。

BellやGiroのような完成品メーカーがヘルメットを作り、その中にMIPSの安全技術が入る。消費者はヘルメット本体のブランドと同時に、「MIPS搭載」という表示を見る。

このモデルが成功し、MIPSは自転車、スノースポーツ、モータースポーツなどに広がっていった。

ロード用ヘルメットではどれくらい普及しているのか

現在のロード用ヘルメットでは、MIPSはかなり広く普及している。

正確な搭載率は公表されていないが、ミドル〜ハイエンドのロード用ヘルメットでは、MIPSまたは同種の回転衝撃対策はほぼ標準装備に近い。

MIPSを採用する主な自転車用ヘルメットブランドには、Giro、Bell、POC、Specialized、Trek / Bontrager、MET、Scott、Smith、Van Rysel、ABUS、Kabutoなどがある。

一方で、すべての有力ブランドがMIPSを使っているわけではない。KaskはWG11、LazerはKinetiCoreのように、独自の安全思想や回転衝撃対策を採るブランドもある。

つまり現在のロードヘルメット市場では、MIPSそのものが完全に独占しているわけではない。しかし、「回転衝撃対策を持つヘルメット」が高価格帯では当たり前になっている。

その中心にいるのがMIPSである。

プロの現場でも同様で、ワールドツアーのチームでもMIPS採用ヘルメットは多く見られる。Giro、Specialized、Trek / Bontrager、POC、MET、Van Ryselなどを使用するチームでは、MIPS搭載モデルが使われている、または使われている可能性が高い。

一方で、KaskやLazerなど独自方式を採るブランドもあり、全チームがMIPSというわけではないが、回転衝撃対策そのものは完全に標準化している。

MIPSの特許の取り方が甘かったのか

今回の件だけを見て、「MIPSの特許戦略が失敗した」と言うのは早い。

特許は、自社が持っていれば完全に安全というものではない。自社の技術を特許で守っていても、別会社が近い領域で別の特許を持っていれば、その特許に触れていると主張される可能性がある。

特にヘルメットの回転衝撃対策は、技術領域がかなり狭い。

頭部とヘルメット外殻の間で、どのように衝撃を逃がすのか。
斜め方向の衝撃をどう処理するのか。
回転力、せん断力、滑り層、多層構造をどう設計するのか。

こうした領域では、複数社の特許が重なりやすい。

つまり今回の件は、MIPSが何も特許を取っていなかったから起きたというより、MIPSの技術領域の周辺に、ブレインガードの特許が存在していたという話に近い。

MIPS側は、ブレインガードの特許は無効だと主張していた。
ブレインガード側は、MIPS搭載ヘルメットが自社特許に触れていると主張した。
最終的に、裁判で白黒をつける前に和解した。

パテントトロールなのか

今回のブレインガードの動きは、パテントトロール的に見える面がある。

パテントトロールとは、自分では商品を大きく売らず、特許を武器に他社を訴えて和解金やライセンス料を得ようとする会社や行為を指す言葉である。

今回も、ブレインガードが自社製品でヘルメット市場を大きく取っているわけではない。MIPS搭載ヘルメットが広く普及した後に、特許を根拠に訴訟を起こした。最終的に、MIPSは侵害を認めないまま和解金を支払った。

この構図だけを見ると、「特許で取りに行った」訴訟に見える。

ただし、ブレインガードを単なる実体のない会社と見るのも雑である。同社はヘルメット安全技術の研究開発を行い、試作品や特許も持っている。カリフォルニア大学バークレー関係者が関与した技術会社として紹介されたこともある。

そのため、典型的な「何も作っていない会社が買ってきた特許で訴える」パテントトロールとは少し違う。

より正確には、こうだ。

ブレインガードは、実体のある小規模技術会社である。
しかし、MIPSのように市場で大きく普及することはできなかった。
そこで、自社特許を根拠に、MIPS搭載ヘルメットに対して権利主張した。

なぜMIPSは払ったのか

MIPSは、今回の和解について、責任や不正、特許侵害を認めるものではないと説明している。

では、なぜ325万ドルを支払ったのか。

理由はおそらく、裁判を続けるコストと不確実性を避けるためである。

米国の特許訴訟は高額になりやすい。弁護士費用、証拠開示、専門家証言、無効審判、控訴リスクまで考えると、勝てる見込みがあっても長期化すれば大きな負担になる。

さらに、MIPSにとって重要なのは顧客との関係である。

今回訴えられたのはRevelyst側、つまりBell、Giro、Foxなどを扱う顧客だった。MIPS搭載ヘルメットを売った顧客が特許訴訟に巻き込まれた場合、MIPSが何もしないわけにはいかない。

ヘルメットメーカーからすれば、MIPSを採用した結果、特許訴訟リスクを抱えることになるなら困る。

だからMIPSとしては、訴訟を終わらせること自体に価値があった。

今回の和解では、現在の訴訟を終わらせるだけでなく、対象特許に基づくMIPSやMIPS顧客への将来請求も防ぐ内容になっている。

つまりMIPSは、約5億円を払うことで、顧客を含めた将来リスクをまとめて処理したと見ることができる。

「MIPSが負けた」と見るべきではない

今回の件を「MIPSが特許侵害で負けた」と書くのは危うい。

MIPSは侵害を認めていない。
ブレインガードの特許の有効性も、裁判で最終判断されたわけではない。
和解はあくまで和解であり、法的な敗訴とは違う。

より正確には、こうだ。

MIPSは、ブレインガードの特許侵害主張について争っていた。
しかし、訴訟コスト、顧客への影響、将来リスクを考え、325万ドルで包括的に解決した。

これは企業訴訟ではよくある判断である。

重要なのは、MIPSが弱い会社だったということではない。むしろ、MIPSが大きくなったからこそ、こうした特許訴訟の対象になったという面がある。

まとめ

今回のMIPSとブレインガードの和解は、単なる訴訟ニュースではない。

MIPSは、回転衝撃対策という領域を商業化し、世界中のヘルメットメーカーに採用される存在になった。ロード用ヘルメットでも、Giro、Specialized、Trek、POC、METなど主要ブランドに広く採用され、プロの現場でも存在感を持っている。

一方、ブレインガードは、同じ領域で特許を持つ小規模な技術会社だった。

市場を取ったのはMIPS。
特許で争ったのはブレインガード。
そしてMIPSは、裁判で白黒をつけるよりも、325万ドル、約5億円を払って将来リスクを消すことを選んだ。

この件は、MIPSの敗北というより、ヘルメット安全技術が「知財ビジネス」でもあることを示した出来事である。

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