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高地トレーニングはなぜ必須になったのか──ツールを変えた高地合宿30年の歴史

高地トレーニングはなぜ必須になったのか──ツールを変えた高地合宿30年の歴史
Daifuku(ダイフク)

ツール・ド・フランスの総合優勝候補となるトップライダーたちの多くは、毎年5月から6月にかけてレースシーンからふっと姿を消します。

怪我をしたわけでも、長期の休養をとっているわけでもありません。彼らは一斉に、ヨーロッパの限られた山の上にこもっています。

たとえば6月上旬、タデイ・ポガチャルがUAEチーム・エミレーツの精鋭たちを引き連れて、スペイン南部・シエラネバダの急勾配を黙々と攻め上がる姿は、今やこの季節の風物詩です。しかし、なぜ世界最高峰の選手たちは同じ時期に、示し合わせたように特定の山へと集まるのでしょうか。

近年、サイクルメディアではレースの戦評と同じくらい、「誰が、どこの山に、何日間こもっているか」という高地合宿(アルティチュード・キャンプ)の動向が大きく報じられるようになりました。現在のトップチームは、単に高地合宿へ行くか行かないかではなく、「誰が、いつ入り、レースの何日前に降りるか」という超微細なタイミングまで、選手個人のデータに合わせて個別に設計・運用しています。

今や総合表彰台を狙う上で「必須科目」となった高地トレーニング。その背景には、アンチドーピング規制の変遷、スポーツ科学の進化、そしてチームの予算規模がもたらしたロジスティクス(物流)革命が複雑に絡み合っています。

現代のツールにおける勝敗の鍵は、単に「高地合宿で肉体を追い込む」というシンプルな話ではありません。「高地合宿という複雑な変数を、チームとしてどう運用できるか」という組織のシステム力の差にあります。その30年にわたる変遷を読み解きます。

第1世代(1990年代〜2000年代前半):経験則から「生体パスポート」による転換へ

高地トレーニング自体は、1968年のメキシコ五輪以降、あらゆる耐久系スポーツで導入されてきました。しかし当時のロードレース界におけるそれは、「急勾配の峠に体を慣らす」「過酷な環境で精神を追い込む」といった、経験則やメンタル面の強化という側面が強いものでした。

この潮流が構造的に変化したのが、2000年代後半です。

2008年、UCI(国際自転車競技連合)は選手の血液データを長期的に監視・記録する「バイオロジカル・パスポート(生体パスポート)」を本格導入しました。これにより、エリスロポエチン(EPO)などの禁止薬物や自己輸血によって人工的に赤血球を増やし、心肺能力を上げる不正の余地が急激に狭まりました。

酸素が薄い環境に滞在することで、体内では自然に赤血球(酸素を運ぶ細胞)を増やす適応が起こります。不正なブーストが実質的に不可能になった結果、各チームは「合法的に血液や持久力の適応を引き出す有力な手段」として、高地環境への投資を急速に拡大することとなったのです。山にこもることは、単なる精神鍛錬ではなく、酸素運搬能力の向上を狙う科学的なアプローチへと変貌しました。

第2世代(2000年代後半〜2010年代前半):先駆者たちの試行錯誤とテイデ山のシステム化

2000年代後半、CSCやアスタナ、リクイガスといった当時の強豪チームが、本格的に高地順化のノウハウを蓄積し始めます。その中で、一気にこのプロセスを「システム化」し、1%の改善を積み重ねる「マージナル・ゲインズ(微小な利益の蓄積)」の核へと昇華させたのがチームスカイ(現イネオス・グレナディアーズ)でした。

スカイが目をつけたのは、欧州本土ではなく、大西洋に浮かぶカナリア諸島の火山「テイデ山(標高3,715m)」でした。

  • 天候の計算が立つ環境: 欧州本土の山々が雪に閉ざされている2月〜3月の段階で、標高2,000m以上のドライな路面でロングライドができる。
  • 徹底的なノイズカット: 火山中腹にあるホテルの周辺には溶岩地帯しかなく、ファンやメディアの目を遮断し、選手を100%コントロール下に置いて練習と回復に集中させるのに最適な空間だった。

スカイはこのテイデ山での滞在・トレーニングメニューを完全にマニュアル化し、ツール連覇の礎を築きました。これ以降、プロペロトン全体が「データ管理によるマージナル・ゲインズ」のシステムを模倣する時代が到来します。

第3世代(2010年代後半〜2020年代前半):ロジスティクス革命と「シエラネバダ」の選択肢

テイデ山が聖地となる一方で、現代のトップチームは新たな課題に直面しました。それが「ロジスティクス(物流とサポート体制)の限界」です。

島であるテネリフェ島へ、チームが保有する巨大なカスタムキッチンカーや、数十台の予備バイク、最新のリカバリー機材を空路・海路で送り込むには多額の予算と労力がかかります。また、テイデ山は地形の特性上、練習ルートの設計によっては高地滞在時間を十分に確保しにくい場合があるという指摘もありました。

そこで近年、最も人気の高い選択肢として存在感を増しているのが、スペイン南部の「シエラネバダ(Sierra Nevada)」です。シエラネバダがチームにもたらしたメリットは、主に以下の2点に集約されます。

現在、ポガチャルを擁するUAEチームエミレーツや、デカトロン・AG2Rラ・モンディアルなどがシエラネバダを利用している理由は、この「高地環境の効率」と「下界と変わらぬ最高峰のサポート環境の維持」を両立できるからです。マージナル・ゲインズを極限まで追求した結果、チーム拠点そのものを山の上に丸ごと移植するロジスティクス能力の勝負へと進化したのです。

もちろん、シエラネバダが唯一の正解になったわけではありません。ヨナス・ヴィンゲゴーを擁するヴィスマ・リースアバイクのように、今でもテイデ山の環境を好んでメインに据えるチームもあり、リヴィーニョ(イタリア)やイゾラ2000(フランス)など、チームの戦略や目的によって選択肢は多様化しています。

第4世代(現在):「行くか行かないか」から「個別最適化」の運用戦争へ

そして、現代のロードレース界はすでに「第4世代:個別最適化(パーソナライズ)」のフェーズへ突入しています。

もはや「高地合宿に行くこと」自体でライバルに差をつけることはできません。現在の焦点は冒頭でも触れた通り、「誰が、いつ、何日間滞在し、レース開幕の何日前に山を降りるか」という、個人の生理学的特性に合わせたスケジュール管理、つまり運用の妙です。

各メディアの報道やチームの動向を見る限り、現在の2大スターのアプローチを比較しても、そのチーム戦略思想の違いが垣間見えます。

  • ヨナス・ヴィンゲゴー(長期適応・データ重視型): 高地に対する身体の反応スピードや血液のデータを綿密に分析し、シーズン初期から特定の標高へ「段階的かつ長期」に滞在してベースを築き上げるスタイルを好む傾向があるとされています。
  • タデイ・ポガチャル(実戦連動・フェーズ切り替え型): 春のクラシックシーズンを戦い抜いた後、体を「グランツール仕様」へと適応させる第二サイクルのスタートとして5月の高地を使い、その後一度実戦(ツール・ド・スイスなど)を挟んでから、別の山で最終調整を行うような、実戦と組み合わせた柔軟なサイクルを選択しているようです。

高地を降りたあと、身体のパフォーマンスが最も高まるタイミングには大きな個人差があります。下山後3日目に調子が上がる選手もいれば、2週間後にピークが来るタイプもいます。これを正確に可視化し、21日間のグランツール全体にどうパズルをはめ込むかという、チームのドクターやコーチの「分析・運用力」こそが、現在の勝敗を分けています。

結び:ツール・ド・フランスの本質は「システム開発競争」である

現代の総合優勝争いは、もはや選手個人の才能だけでは説明できません。

どの山を選び、どのタイミングで入り、どのようなサポート体制を構築するのか。根性論から始まり、テイデ山での「システム化」、シエラネバダを巻き込んだ「ロジスティクス革命」、精度を極める「マージナル・ゲインズ」、構成を極める「個別最適化」へと至る高地合宿の歴史を振り返ると、一つの事実が見えてきます。

ツール・ド・フランスとは選手同士の戦いであると同時に、チーム同士のシステム開発競争でもあるのです。

7月のフランスの路上で突発的に起きているように見えるドラマは、実は5月の静かな山の上で、各チームが多額の予算とスポーツ科学の粋を尽くして設計した「実験と運用の答え合わせ」に過ぎません。

現代のロードレースは、個人競技の皮をかぶった究極の組織戦です。次に選手たちがSNSにアップする、雪の残る山脈での過酷なトレーニングデータを見たとき、私たちはすでに、ツール・ド・フランスという巨大なチェスゲームの最初のワンピースを目撃しているのです。

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